~ 実習生A ~

「誤用」と聞くと、してはいけないものという、悪いイメージを持つ人も多いのではないだろうか。しかし、誤用は学習者が学習の過程で必ず通る道であり、この誤用は学習者にとっても教師にとっても重要な役割を果たす。この誤用をいかに活用できるかが重要なポイントとなる。今回のレポートでは、今期、慶南大学と曲阜師範大学の学生たちを対象に行った日本語教育実習での経験をもとに、学習者の誤りの有効的な訂正方法について考えていく。

 まず、誤りの訂正に焦点を当てる前に、誤用について調査を進めた。迫田(2002)は著書の中で、誤用には「エラー」と「ミステイク」の2種類あり、日本語教育の際に訂正が主に必要となるのは「エラー」の方であると述べている。「エラー」とはその事柄に関して一貫して間違う場合のことで、例えば、「おそいよ、5時…だから、つかれた。=疲れていたから5時に起きました。」、「ねむくない、だから、しごとの、工場の仕事、リラックス。=工場の仕事はリラックスできるから、眠くない。」のような「だから」を「なぜなら」の意味で誤用してしまっている例が挙げられる。「ミステイク」とは、緊張などでうっかり言い間違う一過性の誤用のことである。(迫田,2002) つまり、この「エラー」を訂正することが日本語教育の訂正の重要な部分を占める。また、迫田氏は同著書において、イギリスの言語学者コーダーが、誤用は研修者、学習者、教師の3者にとって重要な役割を果たしていると述べているとしている。この3者の中でも「学習者」と「教師」の2者にとっての誤用の役割に注目する。「学習者」にとっての誤用は、言語習得への一歩である。誤用することで自分なりにその使い方を試しており、誤用を産出することで習得への促進へと繋げているのだ。例えば、誤用を通して「ニンニク」と「人肉」を頭のなかで取り間違えていたことに気づく学習者もいた。また、「教師」にとっての誤用は、学習者が何を理解しており、理解できていないかの現在地を確認する重要な材料となる。例えば、学習者が「わたしは~」と「わたしの~」を誤用した時、それが「エラー」なのか「ミステイク」なのかを判断するにも誤用が重要な材料となる。また、その誤用が「エラー」であった場合、どのような訂正を行うべきか考える重要な材料ともなる。以上の調査から、誤用は、学習者にとっては言語習得促進の材料となり、教師にとっては学習者の状況把握・学習者の誤用訂正方法を見つけ出す重要な材料となるということがわかった。誤用はそのまま放置しておくとそれが学習者に定着してしまい良くないが、学習者が間違いに気づく状況を創り出してあげることや適切に訂正することで、学習者の言語習得を促進する肯定的なものである。

  以上の「誤用」の役割を認識した上で、学習者の誤りの訂正方法について考える。学習者の誤りを訂正する方法は複数存在する。例えば、学習者の誤りを教師が直接指摘して訂正する明示的訂正や、正解文を示すがそれを学習者に訂正させない暗示的フィードバック、発話を再度求める明確化要求のフィードバック、教師が理解できないことを示す非理解のフィードバックが挙げられる。以上のような誤用訂正法があることを参考にしながら、今期実施した日本語教育実習での経験をもとに有効な訂正方法について考えていく。まず、自己の実習経験を振り返る。私が担当させていただいたクラスは日本語初級クラスで、誤用も数多く見られた。その際、私はどのように訂正して良いかわからず、学習者自身が間違いに気づき、訂正を行う前に、毎回、答えを言ってしまっていた。その後、古別府先生のアドバイスをもとに改善を施し、すぐに答えを言うのではなく、「もう一度言ってください。」と再度言わせる方式を取るようにした。すると、学習者は自分の答えが間違っているということに気づいてくれた。しかし、間違えを正しく訂正させるまでには至らなかった。私自身も、もう一度言わせたあとにどのようにしてフォローして良いかわからず、学習者を誤用訂正に導いてあげることができなかった。この経験の反省を挙げると、誤用に対して答えをすぐに提示するという方法をとってしまっていたことに対して、学習者自身に間違っていたという認識を持たせる効果も薄く、また、自分自身で訂正する機会も奪ってしまっており、見かけだけの訂正で終わり、学習者の真の理解に繋げられていなかったことが挙げられる。さらに、再度答えを言わせる方法を取ったことに対しても、もう一度言わせたあとに、誤用箇所を強調してリピートすることや誤用箇所を聞き返す等のフィードバックを行うことができず、学習者に“わからない”というストレスを与えてしまった。以上が私の訂正方法に対する反省である。また、実習中に訂正に関する気づきが2点あったため提示する。1つは、学習者のレベルに応じて有効な訂正方法も異なるということだ。実習中、初級レベルの学習者に対して、教師が「暗示的訂正」を行った際に、学習者がその訂正の意味もくみ取ることができず、訂正まで至らなかった様子を目にした。しかし一方で中級レベルの学習者は「暗示的訂正」で誤用を訂正することができ、逆に「明示的訂正」よりも「暗示的訂正」の方が効果的だと感じる場面にも遭遇した。このことから、学習者のレベルやつまずいているところに応じて誤用訂正の方法は変わってくるという気づきを得た。もう1つの気づきは、訂正に集中してしまうのではなく、学習者の心境にも気を配りながら訂正に取り組むということが大切であるということだ。訂正に一生懸命になるあまり、学習者が間違えてしまったことに対して切ない表情をしていることに気づかず、学習者の学習意欲を削いでしまっている光景を目にした。学習を進めていく中で専門性(川口・横溝,2005)だけでなく人間性も重要であるということに気づいた。

 以上の反省と気づきから、有効な誤りの訂正とは、学習者に応じた訂正方法を適応し、誤用を言語習得促進に繋げる手助けのことであると考える。学習者に目を向け、学習者と共に学びを進めていかなければ一方的な授業になってしまい、学習者のモティベーションを削ぐ結果となってしまう。また、誤用は学習者からのひとつのメッセージとして受け止め、学習者の誤用を言語習得促進の材料として活用する姿勢を常に持ち、どのように訂正すれば学習者のためになるのかという視点に目を光らせておくことが大切だ。具体的に言えば、初級レベルの学習者には明示的訂正を行い、レベルが上がっていくに連れて、暗示的訂正も加えていくことや、間違いに気づく状況を創り出してあげるといった訂正方法が挙げられる。
このような訂正方法を身につけていくために、これから自分自身で実践していきたいことが2つある。1つは、教師のビリーフスと価値観を身につけ、教師としての土台を形成することである。自分自身の教師像や価値観を形成できて初めて、何を大切にし、どの方向に向かって生徒を導いていくのかを判断できるようになるのではないかと考える。この判断が自身を持って行うことができるようになれば、学習者に目を向けることができる余裕も生まれてくるのではないだろうか。この教師としてのビリーフスと価値観を養うためには、様々な教育現場や価値観に出会うことが必要である。ティーチング・ポートフォリオの作成やアクション・リサーチの実施で自己教育を行い、自分以外の日本語教育者に出会い学ぶことで養っていきたい。2つ目は、日本語の知識量を増やしていくことだ。私の今の知識量では適切な訂正さえも出来かねる。生徒が発信してくれる貴重な誤用を、言語習得促進のための材料に変えられるように、どこに目を付け訂正すればよいのか、学習者によく見られるエラー例や誤用しやすいポイントも頭に染み込ませていきたい。今回の貴重な経験から得た自分自身の課題をひとつひとつ潰していき、次、学習者と向き合う時には学習者の糧となるような教師でありたい。

 

<参考文献>
・加藤冨美江(2010)『日本語教育への指針――学習者のやる気を伸ばす――』,日本図書センター, P32-34
・迫田久美子(2002)『日本語教育に生かす第二言語習得研究,株式会社アルク,P11-18,157-160
・川口義一・横溝紳一郎(2005)『成長する教師のための日本語教育ガイドブック(上)』,有限会社ひつじ書房,P6-13,P14-18

<参考URL>
・畑佐由紀子・藤原ゆかり,「外国語としての日本語の授業における訂正フィードバックの効果」
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/kiyo/AA11618725/BullGradSchEduc-HiroshimaUniv-Part2_61_229.pdf#search='%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E6%95%99%E8%82%B2+%E6%98%8E%E7%A4%BA%E7%9A%84%E8%A8%82%E6%AD%A3'