日本語関係の大学院へ進学経験のある卒業生の方へのアンケート
                              
1期 Kさん


@ 山口県立大学で日本語教師養成を受講されようと思ったきっかけは何ですか?
大学1,2年の頃、就職難といわれる時代でした。1年生の春休みに、母に大学で勉強したのなら一つぐらい資格を取るように言われました。友人に相談したところ、2年生からでも間に合うということだったので、日本語教師養成課程を受講しました。極めて不純な動機です。

A 県立大学での実習の印象深い思い出は何かありますか?
大学とニュージーランド(中学校・高校、大学)の合計2回実習を行いました。どれも思い出深いですが、中学校での実習が一番忘れられません。冬のニュージーランドで夜、毛布をかぶりながら準備し、授業をする。自分で納得のいく準備ができた日には、翌日の授業でも手ごたえがありました。自分の工夫次第で、相手の反応が大きく違うこと。そこにやりがいを感じました。これは教師を続けるうえで、私の原点となっています。

B 日本語関係の大学院へ進学するまでの経緯などを教えて下さい。
  ニュージーランドでの実習後、海外で働きたいという思いが強くなりました。
  先生にご相談したところ、日本語能力試験の合格だけでは難しく、少なくとも修士号は必要だとお聞きし、大学院への進学を決めまし  た。

C 「大学院へ進学しよう!」を決心した際、何かきっかけのようなものはありましたか?
  Bと同じです。

D 大学院でどのような研究をされていましたか?
異文化理解として日本語教育をキーワードに、教材の中で文化が扱われているのかについて研究しました。

E 山口県立大学での体験が、大学院での研究に役立っていると感じることがありましたか?
また、それはどんなことでしたか?
  やはり中学校での実習で、日本語教育は言葉を教えるだけではなく、自分とは異なる文化や言葉をもつ人々がいるということを知ることに意義がある。中等教育段階で日本語教育が行われている背景にそのような考え方があるという事実に触れたことが、このようなテーマを選んだきっかけとなりました。

F では、大学院卒業後から現在までの経緯について教えてください。
 大学院卒業後、韓国にある大学で2年間客員講師として働きました。帰国後、千葉にある日本語学校で非常勤講師をしながら、国立国語研究所で事務補佐員・研究補佐員として働きました。その後、国立国語研究所の仕事だけに切り替え、辞める半年前から明治大学国際交流センターの非常勤講師として働きました。
 その後、日本大学通信教育部に編入し、明治大学の非常勤講師、日本女子大学の非常勤助手などをしながら、教員免許(中高国語)を取得しました。
 平成21年4月、東京都の教員に採用され、中学校で国語の教員として働いています。

G 山口県立大学在学中になにかやっておけばよかったなど感じたことはありますか?
勉強はいつでも始められる、いつでもできると思っていますし、そのようにしてきたので、特に何もありません。現在でも、折々にお手紙をくださるなど、熱心な先生方に囲まれ、大変幸せな学生生活だったと思います。

H 日本語関係の大学院または、現在の職業に就いて苦労したことや大変だったことなどありましたら、教えてください。
私が結局国語教育の道を選んだのは、一人暮らしで、なおかつ、老後まで考えて貯蓄できるほどの経済的余裕が日本語教師を続けていてはできないと考えたことがきっかけでした。
仕事自体は大変おもしろかったのですが、やりがいを考慮しても、それ以上続けることに疑問を感じてしまいました。日本語教師の中には、待遇面の悪さを感じている人は多いですが、そう考えている人ばかりではありません。
そのように考えたとき、自分がしたいこと(「誰かに何かを教え、その人の可能性を広げることに関われる仕事」「言葉の大切さを伝えられる仕事」)ができる場が他にないかを改めて考え、2年かけて教員免許を取得、採用試験を受験し、合格しました。

I これから日本語教師をしたいと考えていますか?
「したい」とお答えした方 → どうしてですか?
この国,学校,機関で働いてみたいなどはありますか?

「したくない」とお答えした方 → どうしてですか?

 どちらでもありません。
 公立学校の教員の場合、外国につながる生徒を教えることは少なくありません。
 そのような意味でも再び日本語を教えることはあると思います。

J では、最後に後輩にメッセージをお願いします。
私は現在は日本語教師をしていませんが、日本語教師をしたことで色々な方と出会え、それは私の財産となっています。
韓国で働いた経験により、外国で言葉が通じないということはどのようなことか。言葉を使えることはどのような意味をもつことなのか。そのようなことを身をもって感じることができました。また、様々な仕事を通じ、国内国外を問わず、様々な方とコミュニケーションする機会がありました。それは、相手が日本人であれ、外国人であれ、わかりやすく伝えるにはどうすればいいかを考えるうえで、常に拠り所になっています。
また、中学生に国語を教える中でも、日本語教育で鍛えられた「わかりやすさ」は私の財産となっています。
一つ一つの出会いを大切にし、貪欲に学び続けることをどうか大切にしてください。皆さんのご活躍をお祈りいたします。